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劇的B&A

土曜の夜、HDDに溜めてしまったTV番組を
整理しようと思ったのに、つい、見てしまったのが、
「家族の問題、リフォームで解決しませんか?」で、
お馴染みの「劇的ビフォー&アフター」でした。

僕も妻も、この番組 好きなんですよね。
(録画しとく位だもんなぁ。)

匠が、その家の問題を、まず、無情な解体という作業で
リセットしてから、鮮やかに変貌、再生する物語は、
感情移入ができて、ワクワク感があって、
見ていて面白いですよね。

過去のいつかの放送分を見たのですが、
依頼者が「ありがとうございます。」と言い、
匠と感涙の握手をする場面で、匠が、
「大事に使ってください。」と返答してしまったのです。

う〜ん、気持ちは、わかる。
しかし、これは、匠が言っては いけない言葉だった。
確かに、匠にとっては、自分が精魂込めた作品だ。
大事に使ってほしいのは、ヤマヤマだ。

が、しかし、もう自分の所有物ではないのである。
今は、もう、匠の手を離れ、依頼主の所有物なのである。
むしろ、「どうぞ、好きに使ってください。」
と言うべきだったと、僕は思う。

もちろん、間違った使われ方をされては、いけないので、
専門家としての立場からのアドバイスはすべきだが、

やはり、
「どうぞ、自由に使ってやってください。」
「その方が家も喜びます。」
「そうして家は、皆さん家族の家となっていくのです。」
と言うべきだろう。

匠は、依頼主にとって、必ずや役に立つ、貢献する、
ありがたいと思っていただけるものを、提供している
はずなんだから。

歯科医も含め機能する物を作る者は、
職人と言う面も 当然持ち合わせなくては なりませんが、
芸術家を気取ったような 馬鹿な鮨屋の親父のように
なっては いけません。

もちろん、そんな親父をありがたがる
馬鹿な客になっても いけませんね。

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ワカサギ

金曜日、ある患者さんが、「皆さんでどうぞ。」と、
釣ったばかりのワカサギをくださいました。

女性の方ですが、釣りが趣味であることは、
メンバーと患者さんとの会話から、
僕にも知らされていました。

「へ〜、釣りが趣味なんですか。」
「今の季節なら、ワカサギね。」
「あ、いいですね。私、ワカサギ好きなんですよね。」
「じゃ、今度持って来てあげるね。」

こんな会話があったみたいです。
何気ない会話の中から、コミュニケーションの
キャッチボールが、発展して行く。

今回、素晴らしいと、
とても嬉しく思ったことは、
この患者さんと応対したチームメンバーが、
今日(土曜日)、
「わたし、○○さんに、お礼のお手紙書こうッと!」
言ったことです。
とても素直でストレートな感謝の気持ちの発露です。
ここから、更にぐっとコミュニケーション輪が
広がることでしょう。

みんなで御礼の寄せ書きをしてもいいかもね。



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MVC

昨日、
新たに創った当院のミッション・ビジョン・クレドをメンバーに披露しました。
みんなの意見も聞いて、さらに改良していくことになるでしょう。

特に、ミッション・ビジョンは重要と考えています。
私共のぶれない基軸となるものですし、
私共の医院風土・文化を形成する基礎となるからです。

行動指針であるところのクレドは、
ミッション・ビジョンを充分に理解してさえおけば、
自然発生的に行われたり、自己判断できるようになるはずです。
何か判断に迷ったら、ミッション・ビジョンに立ち返って考えればいいわけです。

まずは、僕自身が、潜在意識下にまで落とし込めるよう、
努力したいと思っています。

simei.jpg



「さぁ、みんなであそこへ、あの高みへ行こう!」

小さな達成感を積み重ねて、成長して行ける、
そんな雰囲気のチーム。
そんなチームとしての一体感を、
メンバーのみんなと共有したいものです。

| 院内 | 20:31 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

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いぶき

日曜日、朝のウォーキングの途中、
犬の散歩をしていらした、私共に定期的メンテナンスに
通院してくださっている「Hさん」と会いました。
ふたことみこと 会話を交わした中で、
もう、だいぶ解けた雪の下から、ふきのとうが
顔を出していると聞きました。

春の息吹。

もうそこまで、新しい旅立ちの季節が、来てるんですね。

20060313203739.jpg


先日、新規採用の新卒の新人さんと、正式に
労働契約を 交わしました。
彼女たちに 働く楽しみを体感、共有してもらえる、
そんな職場環境を 提供してあげれるようでなければ
なりません。
この職場(舞台)で、のびのびと可能性の芽を広げ、
活き活きと活躍してほしいものです。


朝、お会いした「Hさん」が、夕刻、
僕の自宅を訪ねてくださいました。
なんと、その手には採ったばかりの
ふきのとうの天婦羅のおすそ分けが!!

「うっま〜い。」

旬の春の息吹、いただきました。
ありがとうございます。

| good & new | 09:28 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

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最近読み終えた本

僕の読書は、数冊同時進行です。
あちこちに、例えば、トイレや枕元、
パソコンの傍ら、院長室の机の上などに
本を置いといて、ちょっとの暇があれば、
手にとって読むようにしています。

だいたい、ラインマーカーを片手に持って
気に入った箇所に線を引きます。
後で見直すときには、
ラインマーカーで着色したところを読み返します。
そうすると、その時の気分、気付き、記憶がよみがえって、
再び入ってくるんです。

で、最近読み終えたのが、これらの本です。


20060313022336.jpg

人生は選択の連続です。
その時、その瞬間の自分にどう問いかけるかで、
結果が、かかわりが、人生が変わります。
自身にどう問いかけるべきなのか?
質問思考という概念。
実践は、たやすくないでしょう。

| Book & CD | 02:25 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

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なかなかにハード

昨日から朝のウォーキングを再開。

だいぶ雪も解け、足元が良くなってきたので、
妻と二人でウォーキングを再開しました。
まずは、20分間からスタート。

とわ言え、まだまだに極寒。
今日は昨日に較べ、身に染みる寒さでした。
天気予報によると、今日は真冬日。
最低気温は−12℃とのこと。

久々に歩くと、たった20分でも、かなり応えます。
帰ってきて椅子に座ると疲労感を感じます。

なかなかにハード。 です。


クロアチアが、アルゼンチンに
3-2で勝ってしまいました。
これまた、

なかなかにハード! …です…。

| 未分類 | 07:49 | comments(1) | trackbacks(0) | TOP↑

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「E」さん、その後

日曜の遅い午前、昼食の少し前の時間帯に
介護施設へ往診して来ました。

例の入れ歯が 気に合わないと、投げてしまうかも
しれないという オーラルディスキネジアの「E」さんです。

ちなみに「投げる」というのは 北海道弁で、
「捨てる・棄てる」という意味です。
ですから、北海道では ゴミは「投げる」んですよ。

実は「E」さんの入れ歯は、先週の土曜日に、
副院長(妻)の装着を お手伝いしてきていました。

その日、装着後の食事まで見守った副院長の判断で、
終日の義歯装着はせず、食事の時だけ、副院長が見守ることに
なったようです。

やはり、永く無歯顎で過ごされていた為に、
新しい義歯と頬や舌との協調運動がぎこちなく、
飲み込みも上手くいかない時があるからだそうです。

時に 歯科医は 往診の現場で、介護される方の周りにいる
多職種の看護関係者からの辛辣な批評に晒され、
かつ、それを甘んじて受け入れなければならない
という事があります。

非常にハードで、ストレスフルなプレッシャーです。

しかし、今日、僕が診た「E」さんは、義歯を「投げる」ことも無く、
お口に入れておいて下さり、ちょっとの調整の後は、
見事に昼食をたいらげたのでした。

副院長の機能訓練と適切な指示が 実を結んでいたのです。

彼女のお年寄りの方々とのコミュニケーションは巧みです。
女性ならではかなぁ。と感心、至極です。

義歯が入り、発音が明瞭になったことも、
介護職、家族とのコミュニケーションの向上に
一役買っているようです。

密かに燃えていたやる気が 見事に満たされた瞬間です。

ebina.jpg

| 院外 | 16:34 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

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あたりまえ

ある詩を紹介します。

「あたりまえ」というタイトルです。


   あたりまえ


   あたりまえ こんな素晴らしいことを  
   みんなは 何故 喜ばないのでしょう

   あたりまえであることを  

   お父さんがいる お母さんがいる
   手が二本あって 足が二本ある 

   行きたいところへ自分で歩いていける
   手を伸ばせば 何でも取れる 
   音が聞こえて 声が出る

   こんな幸せが あるでしょうか 

   しかし 誰も それを喜ばない
   あたりまえだと 笑って すます 

   食事が食べられる
   夜になると ちゃんと眠れ 
   そして また朝が来る

   空気を 胸 いっぱいすえる 
   笑える 泣ける 叫ぶことが出来る
   走り回れる 
   みんな あたりまえのこと

   こんな素晴らしいことを  
   みんなは 決して喜ばない


   そのありがたさを 知っているのは
   それを 失くした人たちだけ


   なぜでしょう あたりまえ

         

           昭和54年1月1日  井村和清作
           「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」より

| 健康歯好 | 13:46 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

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食べれる

普通の人にとっては、食べることが出来るというのは、
ごく当たり前のことです。
物が見える、音が聞こえる、しゃべることが出来る、
手が動く、足が動くと同じくらいに、
ごく普通の当たり前のことです。

地球上に空気があるのも、ごく当たり前で、
そのおかげで呼吸が出来るのだとしても、
日頃 その空気の存在することに 感謝するということが、
まず無いように、私達は、当たり前にできていることの
すばらしさを、日頃は 忘れてしまっているものです。

食べれる、食べることが出来るとは、
かじることが出来て、それに続けて
飲み込むことが出来ると言うことです。

式で表すと、「食べる = 噛む + 飲み込む」 
と言うことです。

かじることを「咀嚼」と言います。
飲み込むことは「嚥下」と言います。
また、両方を合わせて「摂食嚥下」とも言います。
摂食とは、かじる以前の食物の認知の段階から含めて
食べると言うことを捉えています。

食品を目で見て認める。
その時点でもう、脳は、
その食品にまつわる全ての感覚と記憶を
呼び起こしています。
その食品に結びつく懐かしいストリーさえも
呼び起こしていることでしょう。

そして脳は、どのくらいの力加減で食具を使い、
その食品を捕まえればいいのかを 筋肉に知らせ、
手は 忠実に動き、巧みに食品を口に運ぶのです。

その時、その食品の芳しい香りが、鼻腔をくすぐり、
その美味しさが、期待にたがわないことを脳に知らせるのです。
そして、食品が唇に触れた時の、唇触り・感触が、
その食品の性状を 脳に確信させ、
どの歯で どの位の力加減で噛み込むべきかを
瞬時に判断し、噛むのです。
歯に伝わる 歯ざわり、ジュッと口腔内に
広がる 味、味覚、旨み。

歯によって せん断、粉砕された食品は、
上下の歯と歯の間から、頬っぺた側とベロ(舌)側にこぼれます。
そのこぼれた食品を察知した頬とベロは、
巧みに、それらを再び上下の歯と歯の間に戻してくれて、
更に食品は粉砕され、噛み応えという楽しみを提供し、
唾液と撹拌された食品は、
飲み込みやすい大きさの一塊にまとめられます。

そして食塊は、舌で上顎に押しつけられると、
奥舌に送られ、そこから先は反射的に、
「ゴックン」つまり、嚥下が起こります。
この時の喉越しさえ、大事な旨みの要素です。

喉越しを楽しむためには、
食品が鼻や気管に入ってしまうと困りますから、
ちゃんと鼻腔に繋がる通路と気道の入り口に、
巧みに蓋をする反射も、実は同時に起こっています。

こうして私達は食べている、摂食嚥下しているのです。

何気ない当たり前の一口に、実はこんなにも多くのことが
瞬時に統合されて起こっているんですね。
まさに神から授かった奇跡の技ですね。

私達は、食べる時に五感の全てを使います。
だからこそ シチュエイション が重要です。
楽しい食卓が。大好きな誰かと一緒の食卓が。
五感が満たされてこそ、
明快なうれしさ「うッま〜い。」になるのです。

脳血管障害のため、途中障害となった人たちが、
摂食嚥下機能訓練を経て、口から食べられるようになると
脳の感覚野が刺激 活性化され、著しく回復されるのも、
なるほど、充分に納得できるわけです。

しかし、その実際の現場は、難しいです。
大変な困難を伴います。

歯科医は通常、診療室内で、主に健常な方の
「咀嚼」にかかわる部分での不具合に対応します。
入れ歯を作れば、食べてくださる方を診ている訳です。

ところが、障害を抱えてしまわれた方は、
「咀嚼」以前の「認知」に問題があったり、
マヒがあって、上肢が使えなかったり、頬や舌が動かなかったり、
「咀嚼」後の「嚥下」飲み込みに問題があったりする訳です。

つまり、入れ歯としては
及第点以上の良い入れ歯を作っても、
咀嚼をするために使う筋肉に問題があって、
咀嚼自体が上手くいかなかったり、
充分に咀嚼できても、飲み込みの反射に障害があって、
噛めても飲み込めないと言うことが起こってしまうのです。

そこで、食べるための、飲み込むためのリハビリ,
摂食嚥下リハビリテーション、
摂食嚥下機能訓練が必要となるわけです。

この辺の理解が、診療室の外に出ない(往診をしない)歯科医では
体験として解かりませんし、実は 健常者である看護職や介護職、
お医者さんにも充分には、理解されにくいところです。

義歯として良い出来でも機能しないことがある。
物としての義歯に、道具としての命を与えるためには、
訓練が必要な時がある。という認識が現場あるいは一般に
些か足りないような気がします。

あえて誤解を恐れずに言うと、義足のリハビリよりも、
義歯のリハビリの方がはるかに困難でしょう。
義足にはリハビリが付き物という認識が通っているなら、
義歯にこそ、周辺機能と調和させる緻密で繊細なリハビリが
必須であるという認識が普遍化してほしいものです。

| 健康歯好 | 06:14 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

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