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日比野さんのお話を聞いて

昨日の事です。
アーティストの日比野克彦さんが
語っていた事が印象的でした。

鑑賞者と表現者という言葉を使っていました。

もちろん、
アーティストの作品を見る側の人々が鑑賞者であり、
作者つまりアーティストが表現者なのですが、

もし、作者の表現=作品を見て、
その方=鑑賞者が感動されたのなら、
それは、その作品が素晴らしかったのでは無くって、
感動したその人 、
その人自身の感性が素晴らしいのである。

そんな事を語られました。

なるほど、確かに作品を野に放った時から
作品は作品を見る人のものになる訳です。

それを見て感じる事は、
感じているその人だけのもの。
その人だけの感じ方でしょう。

日比野さんは更に、
作者つまり表現をする者 、
あるいは表現をしようとする者は、
自分の想いを作品に ただぶつけるだけでは駄目で、
それを見ようとする人や 見る事になってしまった人が
どう感じるかまで想像する事が大事だと、

そして、表現者とは、本来 鑑賞者が持っているはずの
もしかしたら本人も気付いていないかもしれない
素晴らしい感性を引き出してあげる者である。
と語っていました。

見る側の立ち場、
相手の立ち場を思いやれるかということでしょう。

その配慮、気配りは
おのずと表現の中に含みを持って現れるのでしょうね。

これって、アーティストと呼ばれる人達だけに
当てはまる事じゃないですよね。

私達も毎日、伝えてますよね。
表現していますよね。
自分の想いを、考えを伝えたくって、
毎日 表現をしているはずです。

その時、
私達は、自分の想いが正確に相手に伝わって欲しいと思ったり、
伝わったものと思い込んでしまいがちです。

「さっき言ったじゃない。分かったんじゃなかったの?」

多くないですか? そういう事。

どう受け取るかは、相手の物。
自分の想いをどう受け取るかは相手次第。
相手が決めること。

そのことをまず了解する。

だからこそ、表現の仕方を工夫する。
何とか伝わるよう工夫する。
相手がどう感じるか、どう感じているかを想像してみる。

そうすると思いやりのある、配慮のある表現。
そういったコミュニケーションのとりかた、在り様になるんでしょうね。

理解した、完全に一致したというレベルでの他者との合意は、
とても難しく、どうやら在り得そうもないですが、
共感した共鳴した。という感情を含めた部分での
最大公約数的なレベルでの合意、一致は求めれそうですし、
実際は そのことがとても大切なのだと思います。

その様な状況を得るためには、
どのようにに伝わるかなア?って
思う他者への配慮がキモなんでしょうね。

あっ、この人の気遣い 気持ちいい。
って感じてもらえるような含みがこぼれる表現を
サラッとできる様になりたいですね。

僕には来院してくださる方々に、
予防の大切さを伝えたいとの想いがあります。

そのために語り、伝えています。

もし、来院された方が予防に目覚め、
予防が実践できる人になられたとしたら、
それはその方が素晴らしいのです。
そうなられた方を、心から尊敬したいと思います。

そして、そいう方が お一人でも増えるよう、
お手伝いし、お役に立ちたいと思いますし、
そのための表現の仕方に創意工夫したいと、
日比野克彦さんのお話を聞いて思ったのでした。



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| | 2012/04/27 18:55 | | ≫ EDIT















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