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亜門さん

最近 宮本亜門さんの本を読んでいます。
もう、10年以上も前に書かれていた本ですが、
最近になって出会うご縁を頂戴しました。

ビックリしたのが、亜門さんが僕と同じ歳ってこと。
あんなに若くてカッコいい人がドンパだったとは…
軽いショックに軽く打ちのめされながら…、

読み始めたばかりのほんの数ページ目で出会った文章が、
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いつだったか、沖縄で養護学校の男子生徒さんが、
お花の前で立ち止まっていました。
すると、そばにいた人が、「お花、きれいよねー」と声をかけた。
彼は満面の笑顔でうなずいてまた、花をじっと見出したんです。
それも上から下からいろいろな方向から。
僕もなぜかすごく幸せな気分になって20分ぐらい一緒に、
ひとつの花を見てました。
その時間が僕にとって、すごく贅沢だったのは事実で、
何が贅沢か大切かは自分で決めていいのだと思いました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
です。

いい文章だなぁ。って思いました。
シーンが浮かびませんか?

ここには3つの視点があります。

まずは、無邪気で純な視点。
それに共鳴する視点。
そしてそれらをさらに俯瞰する視点。

これら3つの視点って、
何事にも当てはまるとっても大事なことのような気がするんです。

例えば、個人レベルでも、
まず、最初に在りきは、情動。
理屈じゃない、脳幹の部分で反応するとでも言うか、
無邪気で純な感情。
扁桃核の直感的な快という判断が先行する。

ついで、情動に素直な反応としての行動が起こって、
喜びや高揚感に満たされて行き、

最後に新皮質で冷静に振り返ったり、判断して
意味や価値をあらためて入力して、再確認して
次のモチベーションへと繋いで行く。

組織や社会に置き換えても、
誰かが想う、想念と言ってもいいかもしれないし、
無邪気な夢とか憧れと言ってもいいかもしれない。
それを口に出す 言い出しっぺが現れる。

すると、それに呼応して、共鳴する人々が
「お花、きれいよねー」と言ってくれて、
共通の感情や夢を増幅し、ある種 ムーブメントが起り始める。

すると、きちんと全体を俯瞰してくれる
好感的理解者・支援者が現れる。
あるいは言い出しぺが成長し、自分たちを俯瞰して、
このムーブメントの意味付けを明確にしてくれたりして、
更にムーブメントが加速して行く。

自分の中に在る素朴な天真爛漫性と、
小我、大我の様なものでしょうか。

あるいは、
素のまんまの自分の内側から自然発生する想いと、
その想いに素直に行動して楽しんでいる自分と、
その自分を更に上から視ているもう一人の自分。
みたいな感じでしょうか?

そんなことが、この文章の このシーンから
感じられたのでした。

3つの視点のバランス。

きっとそういう事が大切なんだよ。って、
亜門さんのように 僕も自分で決めました。


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